いきなりフリーランスになるまで何をしていたか

2002年頃のAutumnsky

大学時代

大学では社会学を学んでいました。
中学校ぐらいまではゲームプログラマーになりたかったのですが、高校の時に買ってもらったPCではニフティサーブの会議室に出入りしたり、お決まりのネットサーファーとなり、何も作ってません。
なので、大学でなにか勉強できればと思って、人文科学部向けの情報工学の講義をとったり、個人サイトを作ったり、IPAの資格試験を受けたりしました。

個人サイトの構築

漫画研究会に所属していたのでイラストなんかを掲載しようと、ちまちまとHTMLタグをエディターで書いてました。

参考にしていたサイトとか

その時からAutumnskyで続いてるんですよ、このサイト。
なので、19年目の個人サイトでもあります。

規格はHTML4.1/CSS2 Shift-JISでしたね。
マウスオーバーで背景色・文字色が反転してポップアップするとか、今で言うCSSアニメーションをやったり、W3C認証を通したりして、遊んでました。

IPA 基本情報処理技術者の取得

卒業単位になる情報技術の講義をいくつか履修してました。
工学部電子科とかの講義でなく、経済学部や商学部に情報工学系の講義がありました。
経済学部の「情報」が何故かIPAの初級システムアドミニストレータ(現: ITパスポート)や基本情報処理の午前問題をカバーするような内容で、最後はマシン語までやってました。

他に、商学部の「電子計算機概論」という古めかしい名前の講義をとったり。内容は「情報」と近かったです。

商学部には「ソフトウェア産業論」というのもあって、そちらは文字通りコンピュータの誕生から商用ソフトウェアの歴史、マイクロソフト・Appleの創業の話なんかを聴いたはずなんですが、あまり覚えてないです。銀行のオンラインシステムの話と、映画「バトル・オブ・シリコンバレー」を見たこと、日本のソフトウェア産業は「ユーザードリブン」で発達してきたとか、それぐらい。

Word/Excelなんかを扱う実習形式の講義は最初はなかったです。
2年次に初めて社会学科内に実習講義が開設されたのですが、興味なかったというか、高校時代にAccessまで使ってたんで、「今更、入門は要らんな」と思って履修しませんでした。

というわけで、3年次の基本情報技術者試験 春試験に申し込み。
ポケットサイズの教科書と過去問題集を1冊ずつ購入。
午後のプログラミング試験の対策が、1ヶ月ぐらいしか時間が取れない中で受験しました。
なんとか午前・午後共に670点ぐらいで通過 (それぞれ8割必要なため640点が合格ライン)

この時に勉強した基礎的な用語と概念、ネットワークレイヤー、メモリ周りの知識など、今でも間接的に役立っていることは多いです。
あと、SPSSを使っての簡単な統計解析を社会調査実習でやりました。

大卒以降 2004年~

いろいろあってプログラミングとも全く無縁な書店バイトなんかをしてました、近所のTSUTAYAみたいなお店で。PC関連書籍担当になったりして、まあ、その程度の関わりです。

個人サイトもほとんど更新してませんでした。ブログみたいな内容を年に数件書いたりするぐらい。

そうこうして、転職してデスクワーカーになりました。企画部という部署ですが、ほぼ事務でした。
Access使える人が欲しかったみたいで、初日からAccess使ってた気がします。
社内DBへの入力と「こういうデータが欲しい」というリクエストにクエリー組んでDBからデータ抽出、Excellでデータ整理して提出とかやってました。時々、生成されたSQLをクエリビルダーで調整したり。社内ポータルは当時でサイボウズのグループウェアが走ってましたね。

大卒5年目〜 WordPressと職業訓練WEBデザコース

WordPressを使いはじめる

WEBサイト構築の勉強がてら個人サイトをブログ化したいと思って、MovableTypeに移行したりしてました、2009年です。
レンタルサーバに設置できるブログツールも定番がなくてCGIとPerlの時代です、日記CGI nicky! とか。

Twitterを始めたのもこの頃です。
「Tweetをそのまま日単位で個人サイトに流し込めたら、毎日更新できるやん」
などという怠惰さを発揮し、調べていくとWordPressでプラグイン使えば簡単そうだったのでWordPressに乗り換えてみることに。ロゴもかっこよかったので。

当時はWordPressの書籍すらなかったです。
XAMPP環境もApache/MySQL/PHPをバラバラに入れていたように記憶しています。
MKエディターもこの頃までは使ってたように思います。

WordPressの関数やテーマテンプレートの作り方をまとめているサイトが2〜3あったので、そこを見ながらオリジナルテーマを書きました。多分、このあたりのサイトだと思います。

プラグインも作りたくてPHPを勉強し始めました。なので初めての言語はPHPですね。
職場でExcelマクロのVBAを少し弄くったり、小学校の時に親戚のファミリーベーシックを借りたり、中学校の「選択」の授業でLOGOをやったりしましたが。
買ってみた教本がPearとかライブラリを使って掲示板を作ろうとか、ToDoリストを作ろうとかでした。この頃はそういうPerl+CGIでやってたことをPHPで作るような教本が多かったです。

なので、市販のPHP教本はほとんど役に立ちませんでした。
結局、技術評論社のポケットリファレンスWordPress Codexを見て簡単なものを書きました。

RSSからTweetを取得して、週ごと・日ごとにWordPressに自動投稿するプラグインですが、コードはなくしてしまいました。
そのコードを添付して応募すると、未経験でも書類審査は幾つか通りました。
結局、開発の仕事には就職はできませんでしたが。

自宅サーバをCentOSで立ててRedmineを入れてはみたものの、Redmineはこの後5年ぐらい死蔵されてました。
サーバは主にアニメ録画用でしたが、LAMPP環境を作ってWordPressを動かしたりもしました。

WEBデザインの職業訓練へ通う

前職は体調が優れなくなり退職したのですが、体調はいよいよ悪くて転職活動もままならなくなりました。
どうしようもなくなり、実家に帰ってきました。

ブランクも長く、体調面でフルタイムもキツいのでリハビリもかねてハローワークで申し込める職業訓練に行くことに。
民間企業が訓練を実施してます、無料。社会人向けスクールを運営している企業が多いです。
現行だとハロートレーニングという愛称がついてるみたいですね。

2011年当時でAndroidアプリ作成講座もあったりしました。
MOS エキスパート取得のMicrosoft Office講座もあったのですが、この時、自分は30歳の男性です。事務職はまず就職の道がありません。
ということで、いくらか知っているけど仕事で使えるレベルではないWEB系のコースへ。こちらもそれほど、目のある方向ではなさそうでしたが。

このWEBデザインコースでは、4ヶ月の期間のうち、一ヶ月半はイラレとフォトショの習得に費やします。基礎からしっかりしてます。また、最初のうちから課題がどんどんでます。ロゴのデザインや名刺のデザイン、WEBのモックアップ…最終的にはDreamWeaverで静的サイトの構築をして発表です。
講師もDTP歴10年・WEBデザ歴5年の人で、スクール側で練習公開用サーバを用意していたりと、しっかりとした訓練内容でした。
コースによって内容は当たり外れ大きいらしいです。

この時のAdobe CS6の教科書はスクールが作成したもので、モノクロの冊子でした。
Illustrator/Photoshopの教本は職業訓練の修了後もしばらく使ってました。

大卒8年目 2012年~ ネットショップの仕事

職業訓練は修了しましたが、すぐに仕事にありつけたわけでもなく、製造業派遣とかに行ってました。

またWordPressからWEBアプリに興味が出てきたので、WEBアプリの教本を一つやりました

Webアプリケーション構築入門(第2版) – 実践! Webページ制作からマッシュアップまで
サブタイトルに時代を感じますね。当時、マッシュアップサービスが流行ってたんです。

2011年刊行なので少し内容は古いですが、MVCとかWEBアプリの基本的概念から始まってセキュリティなんかにも触れてます。Javaサーブレット/PHPの二本立て。
あと、NetBeansの設定方法、使い方が書かれていたのでよかったです。
最初にWordPressのテーマを作った頃にEclipseを入れて挫折した人なので。

修了から半年ほど経った頃に、折り込みの求人広告で近所の会社がネットショップの人員募集をしてたので応募。
「正社員は別の人に決まったが、パートでよければ」ということで働き始めました。

この時期、近所の他社でもAmazonへの出品データ入力やら、掲載写真を加工するパートの募集をしてました。こちらはAmazonへの卸売をするために新規で小規模部署を作るとのことでした。

就職した会社では最初は、社内の商品データベースからAmazonや楽天へ掲載するためのデータ抽出とか、自社製品のネット販売用の商品情報の入力、できるならHTMLでページも組んでもらえたらという話でした。

それならDB扱ってたこともあるし、テキスト処理も多少できるし、まあ会社の役にも立てるし自分のスキルも活かせるかなと、腰掛け的に働き始めました。

徒手空拳の事務屋

が、社長息子とイエスマンの立ち上げた適当な部署だったので、運営も適当で社内からも「関わりたくない部署」「触らぬ神に祟りなし」状態です。社内のFAXサーバは使えない、支援系データベースからのデータ取得も自由にはできない。フォトショすらないので自宅であまってるElementsを使ってました。

ですので、櫛の歯が抜けるように社員が辞めていきます。

自分にその抜けた分の穴埋めが回ってきました。
「いずれは正社員に」という甘言のもと、ショップの受注処理やら発注、カスタマーの電話対応をやらされたりしてました。

実はネットショップは職探しで避けてました。求人は割とありました。
まず自分は売上額に興味も熱意も持てませんが、小売は売上額にうるさいです。
そして、ネットショップのカスタマー対応はほぼクレームです、一番やりたくない仕事をやることになってしまいました。
この職では、HTMLを書くことなんてほぼなかったです、CSSはインラインでちょっと書くぐらい。

結局、事務処理をほぼ一手に引き受けることになってしまいました。事務というか業務フローを理解して処理を組める人がいない上に、何となく形式だけ揃えてる従来の事務処理も不備まみれで、他部署から怒られまくり。使えるツールはExcellマクロのみ。
そうしたらVBAを書いている時間が一番長いという状態になりました。

「30代男性に事務職はまず就職の道がありません」なんて思ってたのに、実質は事務職になってました。

ExcelマクロはAccessを使ってた職場で多少は使ってましたが、何もない状態からVBAを書くのは初めてでした。教本も今更、という感じでしたし、 オブジェクトクラスを使わざるを得なかったりしたので、もはやExcel VBAでは業務内容に対して完全に力不足です。
そういう込み入ったことも解説しているWEBサイトを参考にしてました。

公式リファレンスは日本語版がまだなく、英語版のかなり深いところにあって、在職時はあまり見なかったです。

今は日本語リファレンスもある

他には、PowerShellで業務処理用のバッチを書いたりしてました、これならWindows付属です。
Herokuの無料枠にWikiツールをインストールして自分の業務には活用してました。

「過去にAmazonに登録してきた商品データを別件で使うから、ブラウザから検索してExcelにコピペしてデータ作って」という、最高におかしな指示を受けたので、VisualStudioでC#とAmazon SDKでAmazonからスクレイピングする Excelアドインツールを作っていたら、「できてる分だけ提出して」といわれ窮地に陥ったこともあります。

せめてAccessがあればと思って、他部署に無理を承知で聞いてみたら、古い2007のボリュームライセンスが浮いてるとかで、貸してくれました。

地元企業ですし尊敬できる人もいたので擁護しますが、会社自体はまともでした、私が退職した時点では。
古臭いとはいえ業務基幹系システムと支援系システムがあって、漸次でリプレース計画もありました。
ただ、地方の中小企業なもので、支援系サーバーが落ちた時は一番詳しいというか、社内に4名しかいないプログラミングできる人のうち最年長の部長が再起動に本社へ走っていったりしてました。
そんな事態は5年で1回しかありませんでしたけど。

「やってらんねえ」と思い、本格的にWEB系で食っていくことを考える

しかし、転職するにも地方ですし、未経験OKな求人はお決まりのSES、客先常駐。
しかも遠い、一番近くて電車で1時間ちょっと。
さらに、いままでの仕事内容は事務屋。技術職でもデータベース・オペレータでもない。

とはいえ、雇用されるにしろアプリとか作るにしろ、その時のスキルではやはりちょっとどうにもならない。
手始めに、ずっと使ってきたWordPressに本腰を入れようとWordBench(今はWordPress Meetup)に参加し始めました、大卒から11年、2015年頃です。

何度か勉強会に参加して、フリーランスの人と親しくなりました。

Aさん「Akiyaさんて今、何の言語やってるの?」
私  「WordPressのテーマと、Ruby on Railsとか勉強して…仕事だとVBA」
Aさん「一番やってるのはPHPってわけでもないのね」
私  「仕事でVBA書いてる時間が一番長いです……こりゃマズイですね」
Aさん「んーw そうだね」

みたいな会話をしたり。
危機感を募らせて、WordPressぐらいは最先端の手法を身につけようと決意を固めました。

もはや、ずっと非正規でしかも30代も半ばの業務未経験者をWEB制作会社が採用することはないだろうし、長時間労働には耐えられそうにない。

「ならば、いきなりフリーランスしかないのでは」とか考え始めたのが2016年始め頃。
雇用されるにしても「基本リモートワークで」とか、こちらからも最初に条件を付けておこうと考えました。

大卒11年目~ 独立への助走

そういう感じでWordBenchで仕入れた知識を元に、最新の手法を取り入れたテーマ開発を始めることに。
ここで仮想化、npm、Sass、Git、GitHubを使うようになります。
エディタはSublimeTextがしっくりこなくて、あえてのVim。
Redmineもようやく本格的に使い始めます。

Googleの検索では、もはやWordPressの情報がヒットしすぎて何が何やら分かりません。
プログラミングスクールのオウンドメディアとかブロガーの記事とか、かなり質が悪いですがSEO対策のおかげでしょう、検索上位にきます。WEB制作会社のブログは割と使えます。

また、WEB開発はMacが主流になっており検索上位記事は「インストールはhomebrewで」とサラッと書いてあったりしますが、ウチはWindowsなので難儀しました。
もう主要なツールはWindows用の.msiインストーラが配布されているので、困らないですね。
検索で見つかるNodeのインストール方法に散々振り回されて、公式サイトのトップを見に行くとインストーラーがあったのはよい教訓です。
検索上位ではなく公式サイトをみるクセがついてきたのも、この頃です。

今は公式ページを開くだけで最適なインストーラを提示してくれる

WordBenchに登壇した人のブログとかサイトを見て、書かれていることが分からなければ検索してQiitaとかの記事を参考にするというような形で、現行のテーマを作っていきました。

地元の図書館にはWEBデザインの本もあったりするので、借りて参考にしてました。Rubyの定番本「たのしいRuby」も蔵書にありましたね。

まだ、しばらくは転職も独立のあてもなく、Androidの時計ウィジェットを作ったりして、サンデープログラマ的にやってました。Javaを学んだのはこの教本

Android OSの方は、Android Developersと検索でヒットしたブログ記事を参考にしてました。

Androidアプリ開発の書籍も買ったんですが、必要な部分が少なくて、あまり使わないうちにAndroidのバージョンが2つぐらい上がってしまいました。

大卒14年目 36歳 独立

OSS+Twitter+勉強会

開発用のローカルWordPress環境はVCCWを使ってましたが、動作が重い。
そこで一度は断念したWockerへ。
そしたら、Wockerのメジャーバージョンアップ後にWindowsで走らせていた人がいなかったようで、「動作します!」というTweetを契機に、コントリビュータの一員になりました。

その後、WordBenchやWordCampでメイン開発者の一人であるKiteさんと何度かお会いしていました。
ある日、 Kiteさんが求人を出されていたので「リモート希望で未経験ですが、いいですか?」とコンタクトを取ったところ、
「継続して出せる仕事があるか、スキルに見合う仕事があるか、見通しが分からないが、それでよければ」ということで、仕事をもらえることになりました。

2017年10月、大学卒業から正社員になることもなく技術系で雇われていたこともなく、13年が経っていました。
この年の12月までは、ネットショップの仕事も続けていましたが、フリーでも何とかなるかもしれないと思い、雇用契約を更新せずに退職しました。

勉強会で顔を繋ぐ

継続して顔を出しているとこんな感じで声をかけてもらうことがあります。

「Akiyaさん、WEB系でしたよね? 今度PHPのプロジェクトあるんですけど、どれぐらいできます?」

最初に仕事を出してくれたKiteさんともTwitterやGitHubでのやりとりの他に、WordBenchで何回か顔を合わせていたからか、「一緒に仕事したいです」という時もスムーズに行きました。

また、勉強会に出ていると「WordPressできる人」として他の制作会社に引き合わせてもらいました。
以前に「Akiyaさん、今何やってるの?」という話をしたAさんはフリーランスで15年以上やってる人で、独立に際してこんなアドバイスをもらいました。

最初は仕事にはなりにくいけど、勉強会とかで繋がりを作っておくといい

2018年の独立2年目で、取引先は2社になりました。思ったより仕事はすぐありました。
ただ、独立した目的の一つである「自社プロダクトのリリース」は進捗がありません。

氷河期最終年の卒業、そんな感じでなんとか生きている

最近知ったんですが、WEB系ベンチャーの新卒求人が初めて出たのが2005年だったらしいですね。自分は2004年卒業です。

確かに、新卒時に説明会があったのも大手SIerか独立SIerばかりでした。ゼミの同期が何人かSEになってました。
その一方で、SIは長時間労働、多重下請けなんかの話が漏れ聞こえ始めていた頃です。

2004年は、「氷河期」最後の年でもあります。

2000年代半ばの輸出産業の好転で、雇用環境は回復し、2005年には就職氷河期は一旦終結した。

Wikipedia 就職氷河期 より

私も氷河期世代によくある「ずっと非正規」組です。
もし、1年遅い卒業でWEBサイトを作ってたことをPRしていれば、あるいはと思うのですが、過ぎたことです。

どうやってプログラミングを勉強してきたかを書こうと思ったら、キャリアの話になってしまいました。

こうしてみると独学ばかりですが、独学できないエンジニアはいないと思います。
何より私のプログラマ、エンジニアとしてのキャリアは、一昨年、いきなりフリーランスになって始まりましたので、人に教えられて学んでいくのはこれからとなるのでしょう。

Comments

  • KitamiAkiya より:

    大卒時にシステムエンジニアになったゼミ同期の一人は、今も同じ会社で給与計算パッケージの仕事をしているそうです。
    「フリーランスすごいね、自分は子供もいるしいつまで続けられるか分からないけど」と言ってました。
    エンジニアはいつまでも続けられる仕事のはずだし、フリーランスそんなに凄くないですよ。
    他にSEになったゼミ生1人は、3年ぐらいでエンジニア辞めてます。

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