MP3プレーヤーとDRMのこと

携帯できる音楽プレーヤーでいえばMDの世代なのだが、実はMDを使っていたことはない。
CDウォークマンの次はMP3プレーヤーを使っていた。

Sony NW-E3とiPod nano

かつて使っていたSONY NW-E3とiPod nano


MP3プレーヤーを使い始めて数年後、DRM(コピーガード)の波がきてiPodがきた。初めてMP3プレーヤーを購入してから18年、もはや携帯音楽プレーヤーというデバイスが消えつつある。
そんな昨今、電子書籍サービスにやたらとDRMが多い。この状況が日本の2005年頃の音楽配信・プレーヤー事情に似ていると思った。そこで、私の実体験併せて記録しておく。
あくまで、私の記憶に基づく内容のため、事実との相違があると思う。その点は、ご容赦頂きたい。

2000年 SOTEC MP301

SOTEC MP301ソーテック、スケルトンボディのMP3プレーヤー Impress ケータイWatchより
最初に購入したMP3プレーヤー。MP3プレーヤーは当時、元祖であるアメリカのRio、韓国メーカーやアイオーデータから発売されていたが、軒並み2万円ぐらいしていた。そんな中、BTOパソコンメーカーだったSOTECが出してきた廉価モデル。MDとほぼ同一サイズなので、妹がMDプレーヤーと間違えたことがある。
本体16MB、拡張カードで32MB増量できて最大48MBまで可能。16GBではない、16MBである。最大でも10曲ぐらいしか入らない。聞きたい曲だけをプレーヤーに転送して聞くスタイル。
同時期にCREATIVEなども廉価なモデルを投入してきた。この頃は音楽配信サービスも身近には存在しない。購入したCDをMP3にエンコードしてプレーヤーに入れたり、漫画研究会の友人、先輩から借りたCDをエンコードしたりしていた。エンコードには午後のこ~だなどのフリーウェアを使っていた。
ファイル交換サービスのNapsterはあった。私も繋いだことがある。洋楽なら恐ろしい数のファイルがやりとりされていた。アニソンなども若干だけあった。

2002年 SONY NW-E3

NW-E3
小型・軽量サイズ “ネットワーク ウォークマン”発売 SONYプレスリリースより
今でもこれは音楽プレーヤーとしては最高のデザインだと思っている。
ジョグダイヤルによる曲送りなど、操作性も極めて優れていた。
NW-E3上面
上部の丸いところの中央が再生/停止ボタン、ひねると曲送り。ボリューム、リピートモード切替などはサイドと表面のボタンを使う。液晶は2行表示でカタカナで曲名表示が可能。
この頃、セキュアMP3とかDRM対応ファイルでないと再生できないプレーヤーが現れ始めた。
プレーヤーへの転送ソフトにCDリッピング(データ抽出)&MP3圧縮&DRM付与機能が組み込まれ、専用ソフトでDRM認証をした特殊なファイル形式でないと音楽は持ち出せなくなった。ジャストシステムがそのためのソフトを販売していた(BeatJam 2018年現在、販売は終了している)。各メーカーは、自社独自の転送ソフトを付属させるか、ジャストシステムのバンドル版だったりをプレーヤーに付属させていた。
私が購入したNW-E3はATRAC3というエンコーディング形式のファイルしか対応していなかった。MDから培ってきたSONYの音声圧縮技術で、MP3より圧縮率が高くファイルサイズが小さくなるということだった。
NW-E3付属の転送ソフトではMP3をATRAC3に再圧縮して、DRM認証を付与してプレーヤーへ送る。曲を入れ替えるときは、プレーヤー内のファイルを読み取って、書き戻しフラグをファイルごとに記録した上で、プレーヤー内のファイルを削除していた。
この付属ソフトの認証システムが、非常に曲者だった。
あるとき、Windowsのリカバリをかけたら、認証に不整合が起きてファイルが一切転送できなくなったのだ。調べたところ、レジストリに日付情報を格納しているため、レジストリの復旧などを行うと、認証に不整合がでるらしい。SONY公式サイトでなく、一般ユーザーのWEBサイトに書いてあった情報である。

初代 iPod

Wikipediaより

同時期、初代iPod発売。
HDDにカバーを付けたような代物で、しかも音楽管理&転送ソフトのiTunesは当初、Windowsには提供されなかった。今にして思えば、iMacがでたり、MacOSもXになったりで、Appleのプロダクト群が一つの潮目を迎えていた時期だったのだろう。初代iPod、あだ名は弁当箱。携帯プレーヤーといえば手のひらに収まるサイズだった頃、どこも小型化を競っていた。MP3プレーヤーはそれがMDへのアドバンテージだった。大容量化のためとはいえHDD内蔵で巨大なiPod、あまり売れていなかった。Mac向けのキワモノプレーヤーという認識だった。

なんでも、ジョブズが「PCの曲を全て持ち出したい」とApple技術陣に作らせたのがiPodの発端だとか。

2004年 IOデータ HyperHyde Exrouge

HyperHyde Exrouge
アイ・オー、MP3プレーヤー「Exrouge」のシルバーモデル
―カードリーダ/ライタでの直接書き込みに対応 Impress AV Watchより

ポータブルMP3プレーヤー HyperHyde Exrouge IOデータ製品紹介ページ
この頃、パナソニック・シャープ・ケンウッドなど色んな国内メーカーが、MP3プレーヤーを発売していた。しかし、国内メーカーはこの時、独自のDRM対応規格やセキュアMP3しか再生できないプレーヤーばかりだったと思う。
そんな中で、転送ソフトは必要だが、素のMP3が再生できるモデルがHyperHyde Exrougeだった。再変換が入ると、手持ちのMP3ファイルが全て無駄になる可能性と、NW-E3でのファイル変換がかなり面倒だったため、少し型落ちのこれを買った。また、SDカードを差し込んで使うスタイルのため、SDカードリーダを使った高速転送にも対応していた。
他にも、プレーンなMP3ファイルとプレイリスト用のテキストファイルを保存するだけというシンプルな構造のため、有志開発の高速転送ソフトがいくつかあった。
SDカードは1GBまで対応している。HyperHydeは単4乾電池で動作する。SDカードのモデルによって消費電力が違うため、電池の持ちが変わってくる。TOSHIBA製の1GBの特定モデルが省電力とのことで、SDカードを探し回ったものである。
ほぼ同時期に、CCCDなるCDが登場した。不正コピー対策のための特殊仕様CDで、CDから直接MP3にしたりできないのだという。PCでは、専用プレーヤーでないと再生できない仕様だった。程なくして、CD規格に適合していないので、最悪プレーヤーが破壊されるという情報が出回った。また、再生を保証できないと何社かのオーディオメーカーが言い出した。本当にとんでもない代物だった。CCCDの音楽CDは1年か2年で消えていった。
しばらくして1インチHDDを搭載したiPod miniが登場し、iPodが爆発的に普及した。
こういうビビッドな単色背景の前でシルエットがダンスするCMを打っていた頃である。Apple CM風イラスト
画像はフリー素材サイトPixabayより、あくまで当時のイメージ
容量はノーマルで20GB。どの曲をプレーヤーに入れるかなんて考えなくていい、パソコンに入っている全ての曲を入れておけるのだから。2008年頃の私のMP3ファイル総数が8GB程だった。噂だが、この時期のAppleは、TOSHIBAや日立の小型HDDの最大顧客だったとか。

2008年頃 TOSHIBA gigabeat U206

gigabeat U
東芝、フラッシュメモリ型「gigabeat U」シリーズを一新
-カナル型イヤフォン付属の新カラーなど3機種 Impress AV Watchより

HyperHydeも電池蓋やSDカードの蓋が緩くなったり、ガタがきていたところ、gigabeatがSofmapでセールをしていたので購入。DACがいいという売り文句だったが、音質の差は体感できなかった。背景ノイズの多い外で聞くことが多いから。私が持っていたのは中央の濃い青のモデル。
プレーヤーへMP3を入れるための転送ソフトは不要になっていた。USBメモリのように、外付けディスクとしてプレーヤーが認識されるので、MP3ファイルをドロップ&ドラッグでいい。楽曲情報をMP3タグから読み取って、プレーヤー側でリストを作る仕様なのだと思う。


iTunes Storeが日本でサービスインしたのが2005年。もうこの頃にはiPodがデファクトスタンダードを勝ち取っていた。第4,5世代のnanoが人気だった。
しかし、私はまだしばらく学生時代と変わらず買ったCDやTSUTAYAで借りたCDをMP3にして、アーティスト別にフォルダを作ったりして管理していた。また、iPodを使うにはMP3ファイルをiTunes管理下にしなければならない。その上でさらに、AACという別のファイル形式にしなければならなかったので、iPodに移行するのはためらわれた。
もはや国内メーカーでMP3プレーヤーを製造しているのはTOSHIBA・SONYぐらいだった。何故かこの時期に日立が廉価なプレーヤーを発売していた記憶がある。
SONYはウォークマンから続く老舗としての意地、TOSHIBAは自社のフラッシュメモリやLSIを使う製品として、携帯音楽プレーヤーを発売していたのだと思う。
海外メーカーでは韓国のIRIVERがまだある。CREATIVEは最後にiPod nano 第6世代風の全面液晶パネルスタイルのを出して撤退した。
ノーブランドの雑貨的なMP3プレーヤーが秋葉原に出回り始めていた。MP3の再生をワンチップにしたICが秋月電子などでも手に入るようになっていた。

2012年 iPod nano 第6世代

iPod nanoとAKGのイヤホン
ジョーシンでセールをしていたので、入手。第7世代が出る直前。
これを気に、iTunesを使い始める。MP3の転送もiTunesで上手いことやってくれるし、Apple Storeは思ったより便利だった。Apple Storeで購入した楽曲は、何の制限もなくWindows Media Playerでも再生できた。Apple Storeも配信サービスの開始からしばらくはコピーガードをかけたファイルを配信していたそうだ。
かくして、CDを「借りて」MP3にすることは全くなくなった。シングルCDも滅多に買わなくなった。CDを買うことは今もある。高音質での配信をやってないとか、ジャケットがいいとかの理由で。

2018年現在 Xperia Z5Compact

音楽を再生するXperia Z5 compact
数年前から音楽は主に携帯で聞いている。iPod nanoはコンパクトなので遠出の時や、寝る前に布団で聞く時なんかに使っている。特に遠出するときはiPod nanoの出番である。携帯で音楽を聴いていると、バッテリー残量が気になってしまうため。
Xperia PでAndroidのアップデートがあってから、内蔵のウォークマンアプリでFLACファイルが再生できるようになった。最近は、楽曲の購入はもっぱらSONYのmoraを使っている。moraアプリを使えば、携帯内でFLAC楽曲の購入と再生が完結する。コピーガードはないので、適当にPCでダウンロードしたのをドラッグ&ドロップしたりも可能。携帯の方は、容量が逼迫してきたらファイルを消してしまうことさえある。FLACファイルは容量が結構大きいのだ、4分のアニソンで100MBは超えてしまう。外で聞く分には、MP3/AAC/FLACはあまり差が分からないが、家でヘッドホンだとFLACの方が音質がよいのが分かる。
あとスマートフォンは、音質はよくないがスピーカーも内蔵なので、イヤホンで聴くかスピーカーで聴くか、1台で出来るのが便利である。

DRM制限の時代を超えて

2004年頃、レーベルもメーカーも不正コピーに怯えて各種のコピーガードを施していたのは何だったのだろうか。あれから10年以上が経過した現在、セキュアMP3ファイルを作成するソフトは提供されていない。古いカーナビなどで、セキュアMP3でないと再生できないため、難儀している記事が散見される。
2004年頃というのは、Winnyが社会問題になった頃である、確かに誰もが自由にファイルをやりとりできる時代になって、レーベル側には恐怖があったのかも知れない。しかし、各社のコピーガードに関わらず、膨大な違法アップロード・ダウンロードが行われていた。DRM化によって、実際に防げた損害というのは額面でいくらぐらいあったのだろうか。
単に企業が「コピーガードで制限しないと、音楽を買う人はいなくなる!」というモラルパニックを起こしていただけではないか?
私は、そうしたコピーガード策によって防げた損害は、コストに見合うものではなかったと確信している。なぜなら、DRM配信が標準だった時代を経験したAppleもSONYも、2018年現在ではコピーガードのないファイルしか配信していないからだ。
電子書籍も地デジ放送も、コピーガードやDRMは違法コピー対策にはならず、ユーザーを遠ざけるだけであることに、早く気づいてもらいたい。

「われわれは違法ダウンロードと戦う。訴えるつもりも、無視するつもりもない。競争するつもりだ」
アップル、ウィンドウズ向け『iTunes』を発表 2003年 Weirdより

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